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【京都・滋賀】『麒麟がくる』を応援!聖地巡礼「十兵衛屋敷跡」

明智光秀の出身地は、通説では美濃(現在の岐阜県)とされています。

美濃の中でも諸説あり、具体的にどことまでは確定していないのですが、現在放映中(新型コロナウイルスの影響で中断していますが)の2020年大河ドラマ『麒麟がくる』でも、美濃出身説が採用されています。

ところが最近、にわかに注目を集めるようになったのが、光秀が近江(現在の滋賀県)出身だったとする説。

2020年に入ってからあらたな資料が見つかったこともあり、地元が盛り上がっています。

光秀の出身地?滋賀県多賀町佐目地区

光秀の出身地とされているのは、滋賀県多賀町にある佐目地区。
国道306号線ぞいにある、100世帯ほどの集落です。

集落にある十二相神社の鳥居をくぐり、本殿へと進む道ぞいには、光秀の屋敷跡と伝えられる空き地があり、「明智光秀公 口伝の地 十兵衛屋敷跡」という木製の碑があります。

近江の歴史をまとめた「淡海温故録」という資料には、

・明智氏は美濃が本国だが、土岐氏(美濃の守護大名)に背いて浪人
・六角氏(近江の守護大名)を頼って移り住む
・明智光秀が生まれた

という記述があり、また「江侍聞伝録」という資料にも同様の記述があることが今年になってから発表されました。

佐目地区の言い伝えによると…

信長に仕える前、なんらかの事情で佐目地区に身を隠した光秀。
その際に光秀を守った村人が「光」の字をもらって「見津」という姓を名乗り、「みつ」と読むのは恐れ多いため「けんつ」と読ませるようになった、とあります。
今でも地区には「見津」さんが5軒あり、「佐目十兵衛会」の会長も見津さんとおっしゃるそうです。

「淡海温故録」に書かれた内容とは微妙に食い違いますが、もしかすると「長良川の戦い」のあと、美濃を追われた光秀が行き着いたのは、『麒麟がくる』『国盗り物語』で描かれた越前(現在の福井県)ではなく、佐目地区だったのかもしれませんね。

佐目地区に行くには、近江鉄道多賀大社前駅からだと車で20~25分ほど。
根性で歩けないこともなさそうですが、2時間ぐらいかかりそうなので、車で行くのが無難かもしれません。
地区には無料駐車場があります。

『麒麟がくる』を見逃した方は、こちらから見れますえ。

十兵衛屋敷跡

〒522-0322 滋賀県犬上郡多賀町大字佐目465
http://akechi.taga-kankou.com/

明智光秀の屋敷跡とされる空き地
「明智光秀公 口伝の地 十兵衛屋敷跡」の碑