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【京都市伏見区】近藤勇が銃撃された「近藤勇 遭難の地」

歴史

竹田街道(国道24号線)から墨染町を抜け、六地蔵へとつながる墨染通には「近藤勇 遭難の地」の石碑が建てられています。

1867年12月、この時期の新選組は伏見に陣を移していました。
局長の近藤勇は二条城での会議を終えて伏見奉行所へ向かう途中、この通りで銃撃され、肩を負傷しました。

近藤は伏見城に逃れた後、大阪城に移されて治療を受けることになります。
年が明けた1868年1月、鳥羽・伏見の戦いの戦いが始まりますが、近藤はこの治療のため指揮をとることができず、代わりに副長の土方歳三が新撰組を指揮しました。

「近藤勇 遭難の地」の石碑は、日本庭園を眺めながら高級京懐石を味わえる料亭「清和荘」の前にあります。

清和荘

住所/京都市伏見区深草越後屋敷町8
Webサイト/http://www.seiwasou.com/